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南紀小旅行 2003年7月末
●東京は未だ梅雨明けせず、暑かったり涼しかったりの不順な天候が続いている。
8月になれば梅雨明けするだろうと言われているが、そんなには待てねーな。と言うことで旅に出ることにした。
相棒が大のサッカーファン(横浜マリノスの)で、週末の大一番が大阪の万博記念サッカー場で行われるのを応援しに行こうと言ってきた。
こっちとしても、サッカーは大好きなので行きたいのだけれど"金がない"(笑)。
その旨を伝えると・・・"金は心配するな!おごってやる!!"という力強いお言葉を貰った。
"せっかく向こうに行くんだから、3〜4日のんびりと釣りとか温泉とか回って見ないか。あ!、金のことは心配せんでエエよ!"
おおおおお!地獄で仏とはこのことだな。おごりで豪遊(笑)。しかも、車の運転もしなくて良いらしい。
こちらの準備としては、釣り道具を揃えておくことだけだ。久しぶりに引っ張り出してきて触ってみたが、日頃のメンテナンスが効いているのか、素晴らしい動作を見せてくれたリール。
大物狙いをするわけでは無いので、投げと堤防用の竿とリールだけ詰め込んだ。
釣ったその日に帰ってくるわけじゃないから、ちょっと残念だけど、こういう釣りもたまには良いかもな。
さ〜て、大阪に向けて出発だ!
東京を朝の5時半頃に出発、一応土曜日なのだが、道路は空いていた。
東名高速も快適そのもの。上郷SAでちょいと早い昼飯を食べた【三河のまんざい丼:1050円】が、梅雨明けしたのかと思えるほどの快晴になっていた。
海水浴客の出足もありそうで、道が混んできそうな予感がしてきた。
ところが、道路は混むどころか順調そのもの。浜名湖に着いたのが12時前。
このままだと早く着きすぎるので、一眠りした。(試合は7時開始で会場が5時なので)
その後も名神高速は渋滞も無く、すんなり京都を通過!。
そのまま、大阪に突入し、競技場には4時頃に到着した。
ガンバ大阪の本拠地である万博記念競技場はこぢんまりした小さなスタンドを備えていました。
駐車場も十分足りていたし、これなら毎週来ても良いなと思える感じでした。
試合は優勝のかかっている横浜の楽勝。さすがにJリーグ13位で目標のないチーム相手には負けないですわ。
ガンバ大阪は攻撃の構成というか、コンビネーションという物が全然備わってなかった。
パスも3本以上繋がらないし・・・。ミドルレンジからゴールを狙うしかない。という感じだった。
横浜はフォワードの久保が大爆発して2点をもぎ取り、最終節に優勝を賭けることになった。
さて、この日の宿は翌日からの事を考えて、南よりの堺にとった。
その宿は仁徳天皇陵の近くだった。感動したついでに、お堀でバスフィッシングなどしてみたいな〜と思ってしまった。
宿の紹介で"くいもんの美味い店"を紹介して貰って行ったのだが、メゴチの唐揚げが最高に美味かった。
そこのオヤジさんが、釣り好きということが幸いして、話が弾んだが、オヤジさんは関東で言うところの"ギンポ"の存在を知らなかった。
何度説明しても、"そりゃ、ウツボやないですか?!"と、埒が明かないので今度写真を送ることにしよう。
潮岬まで行くことを告げたところ、オヤジさんの目の色が変わり(笑)、"おお〜!あそこなら大きいのがあがりまっせ〜!"
青物も凄いのが来ているらしいのだが、今回はお気楽釣り旅行なので船に乗る気もないし、堤防か磯でまったりですな。
"そりゃ、残念ですな〜。"てなことで、この日は消灯。
翌日は朝から良い天気で、宿の窓を開けると"シャーシャー、ジージー"蝉の声が五月蠅い!
高速に乗って、和歌山方面にレッツゴー。
南紀白浜を越え、海沿いの道を走っていくと、眼前に素晴らしい磯場があちこちに拡がっている。
しっかし、凄い田舎なので、大きな釣具屋さん【上州屋の類】は無い。
まあ、適当にエサだけ買って、釣りましょうということで、磯に入りました。
その磯は、石モノと言われる、石鯛が良く釣れるらしく、一緒にやっていた1団の人達は竿立てをハンマーで打ち付けてひたすら投げていました。
我が方は、いたって適当〜。万能エサの"青イソメ"とオキアミを買い込んでフカセと胴付きで遊ぶことにした。
水は透き通っていて底まで見えるし、偉大なる太平洋は水平線の彼方まで真っ青だ。
胴付きは投げたとたんエサ取りの襲撃でご覧の通り!(笑)
ベラ・フグのオンパレードだった。しかし、よく見てるとエサ取りの下層に黒くて大きい奴が何匹かいます。
そいつを釣りたいな。うん、是非釣りたい!
フカセで、こっち側にエサ取りをおびき寄せて置いて向こう側に投入してみた。
1投目・・・小メジナが即フィッシュオン!
2投目・・・浮きがビシュンと沈み込んで、合わせたのだが、なんか反応が無い。
おかしいなと思って竿を煽った時、突然、ぐぐ〜と引き込まれ、しまったと思った時には既に遅く・・・ハリスを切られてしまった。
しかも、道糸との接合部のタルカン部分からぶち切られていた。【浮きはセーフだった】
一瞬、魚の姿が見えたのだが・・・推定30〜40cm位のメジナだろうと思われた。
食い上げていたんだな〜。迂闊だった。これはおいらのミスだ。
丁度、後ろで見ていたオヤジさんがポツリ"釣り逃がした魚はでかいぞ〜"。
聞き慣れているセリフとは言え、この時ばかりはズシリと来た。
メジナが居ればイスズミも居るんだな。あと良くわからんけどカワハギの仲間と思われる黄色い奴も釣れました。
相棒は、海の青さに感動したのか、海パンに着替えて潜ってました。(笑)
デジカメ用の防水ケースを用意しており、水中生物などを撮影していた模様です。
写真が貰えたらアップしますね。^^
この日の宿は、串本に決めたのだが丁度この日は花火大会が催されていました。
宿に付属していた温泉に入ってから消灯しました。
この温泉は塩分が強かったのだけど、疲れが吹っ飛ぶくらい効きました。
翌日は潮岬に行くつもりです。
今日も天気だ。素晴らしい!
宿の屋上から潮岬方面を見ると大島が臨めます。
早速、行ってみよう。以前はフェリーで渡っていたらしいのだが、橋が架かったので車で楽勝!
この大島は"キンカン"が名産らしい。キンカンアイスというアイスクリームを食べたが、素晴らしく美味かった。
島の先端には観光コースがあるらしいので是非見学しよう。
トルコ軍艦が座礁した場所や日本最古の石作りの灯台とかあるようです。
綺麗に整備された遊覧道をテクテクと歩く。と左側に怪しげなトルコの土産物屋があった。
店長はもちろんトルコ人。客は誰も居なかった。(笑)
トルコ軍艦が座礁した場所を記念するトルコ軍艦遭難記念碑がそびえ立つ。
しかし、こんな具合だもんな〜。座礁するよね。
『明治23年9月16日、熊野灘の暴風雨は帰途についたエルトゥールル号を、樫野埼灯台沖、船甲羅の岩礁へと押し流していった。
昔から船乗りにとって海魔と恐れられていたこの岩礁に乗り上げた艦は、中央より両断、特派大使海軍少将オスマン・パシャー以下 587名の尊い命を瞬時に奪い去ったのである。
一命を取りとめた士官ハイダール以下69名は、荒れ狂う怒涛の中、大波に翻弄されながらも、必死で島に這い上がり、樫野の灯台に助けを求めてきた。
「仲間が海に…!」 だが、時はもう遅しであった。嵐の、しかも深夜、ましてや通信機関も救助機関もない離島での大事件である。
それでも島の人々は、手持ちの着物やふとんを持ち寄り、応急処置と看護にあたり、また、各戸に蓄えていた芋や、飼っている鶏などの食糧を提供した。
たちまち食糧は底をついてしまったが、村民は、トルコ人が本国で賓客に示すに劣らぬ歓待の意を表し、食糧の一切を、惜しげもなく喜んで提供したと言われている。
この遭難の悲劇を通じて、串本町とトルコ国との交流が始まり、国際的な友愛の精神を広く伝えるための記念館だと言う。』(Web紀伊大島参照:http://www.h2.dion.ne.jp/~y_iwaki/oshima.htm)
その記念館がこれである。
樫野埼灯台は江戸の末期に外圧によって日本に設置された8ヶ所の灯台(観音埼・剱埼・野島埼・神子元島・樫野埼・潮岬・佐多岬・伊王島)のうちの1個である。
樫野埼灯台:1870年(明治3年)6月、和歌山県の離島である西牟婁郡串本町の大島に建てられた白亜の灯台が、その灯を灯した。樫野埼灯台である。高さは4.5m、日本で初めての石造灯台であった。
この樫野崎灯台に、実はもう1つの日本初がある。灯台といえば、レンズが回転してせん光を発し、その回転の速度で、どこの灯台かを示していることはよく知られている。この回転式せん光をわが国で初めて採用したのが樫野埼灯台なのである。
断崖に建つ樫野埼灯台は、いま見るとこじまんりした普通の灯台である。だが、日本の近代灯台史に第一歩を記す記念碑的な灯台である。早春のころ、無人の灯台の周囲を白い花がいろどる。地元の財団法人樫野保存会の人たちが丹精こめて育てている水仙である。「ここは串本 むかいは大島 なかをとりもつ巡航船」『串本節』はこう歌っている。
日本第1号の石造灯台が大島にできたちょうど同じ頃、陸地の串本潮岬に潮岬灯台が建設された。潮岬灯台は、江戸時代末期に幕府が欧米諸国に約束していた灯台で、1870年(明治3年)6月に仮点灯し、3年後の1873年(明治6年)9月に本点灯する。
海上保安庁が編集した『日本灯台史』には「八角形で高さ19mの櫓型、各階に梯子を架し、内部より昇降できる構造となっていて、灯籠は第一等二段斜骨式で、木造としては当時はもとより後年建築のものでこれに匹敵するものはない堂々たるものであった」と記している。潮岬灯台は「堂々たる」日本初の洋式木造灯台だったのである。設計者はいずれもイギリス人技師ヘンリー・ブラントンである。
*注*灯台に限っては『崎』ではなく『埼』を使うことが多いらしいです。
と、歴史のお勉強もしつつ、その歴史ある灯台に上ってみた。 ここからの眺望!
(少しへっぴりなのは、高所恐怖症な為。以下同です。)
さて、こうなれば大島港に行ってみなければなるまい。まあ、案内図見に行ったようなもんですな。
本州最南端の潮岬に急ぐ。それにしてもいい天気だった。
その後、太地町の鯨の博物館を見に行く予定である。近くに『落合博満記念館』もあるようなのだが、今回はパス!(笑)
行きしなに『橋杭岩』という奇岩の名所があったので撮影しました。
橋の杭に似ているところからこの名前が付けられたそうですが、全長850mあるんだってさ。
虫歯に見えたのはおいらだけかな〜。
昔の鯨漁を模した大きな模型なんかもあり〜の、鯨の生殖器の模型や標本もあり〜の、お土産の鯨のステーキもあり〜ので結構おもろかったです。
一番気に入ったのはシャチの絵でした。^^;
昼飯は、昔相棒が食いに来たという勝浦にある魚屋兼食堂なお店で食べた。
鉄火丼に海老の味噌汁が付いて出てきた。すげ〜!!
その後、新宮のジャスコに寄り道して着替えなどを購入。
海岸線を走りながら、本日の釣り場を探す。今まで岩場だらけだった海岸に砂浜がちらほら見えてくる。
そのうち、結構大きな砂浜が拡がっている場所に出た。丁度エサ屋もあるじゃないの!
突入して情報を集めると、投げならキスが結構釣れるらしい。籠にコマセを詰めて投げると青物が釣れるらしい。
しかも、イナダサイズが来るらしい。・・・でも今回はそんなの釣るようなタックルは持ってきてないので諦めました。
まあ、キス狙いで投げてみる事にして浜に出た。相棒がゴ〜ンと愛車のテラノを砂浜に乗り入れたのだが、なんか様子がおかしい。
タイヤが砂に埋まって苦戦してるようだ。しかし、我が輩はそんなことは気にせず、釣り場に急ぐのだった。
釣り場には太平洋の波が容赦なく押し寄せていた。
バケツに水を汲もうと思って入っていった時、頭から波を被ってしまいました。(悲)
結果ですが、1キャスト1フィッシュ状態でした。^^
キスはもちろんのこと、メゴチやフグやマダイまで釣れましたね〜。
近くでやってたオヤジさんに話を聞いたら、直ぐ側のテトラの先端で、80cmのイボダイが釣れたとか。(◎-◎)
オヤジさんは籠にコマセを詰めて投げていたが・・・ハリスはバケスキン付きの奴でしたが・・・サバ狙いだと言うことでした。
青物は結構来てるらしいので、面白そうだね。
しかし、ルアーを持ってくるのを忘れたのは痛かった。><
当方が、投げ釣りに飽きてきた頃、オヤジさんの撒き餌が効き目を発揮し始めた。
う〜ん、1キャスト1フィッシュでサバが釣れてる!しかも30cm以上ある。
波に持って行かれないように、慎重に寄せて来るのだが確率50%で波に持って行かれて針から外れてしまう。(笑)
おそらくだが、サバの群の下層にはイナダ級の奴が居るんだろうな〜。
ブリッジ仕掛けでオモリ付けて沈めれば凄いのが釣れるかも知れない。
が、土地柄なのか、その様な強欲な釣り人は居なかった。(^^ゞ
釣れた魚は、例のオヤジさんに全部進呈して本日の宿に急いだ。
尾鷲に決めたのは良いんだけど、食い物屋を探すのも大変だ。
地元のタクシーの運ちゃんに聞いてみよう。と、その時突然豪雨となった。
タクシーの運ちゃんが言うには、『"いなか"という定食屋があるから、そこで"いなか定食"を食べると良いよ。1500円だけど、ワシから聞いたと言えばサービスしてくれるはず!』
道を教えてくれたのだが、我が輩の勘違いで1本間違っており、車で探したが見つからず、宿に行って主人に聞いてみた。
案の定、我が輩の勘違いだった。駅前の細いところを入っていけば直ぐだったのだ!
雨の中、"定食田舎"に急ぐ。あったあった!でも、"割烹田舎"となってるな〜。(笑)
予算は大丈夫かな!?
勢いで入って、座敷に上がって、"田舎定食"を頼もうとしたが、そいつは刺身定食の事らしいことが判明。
だったら、定食じゃなくて"刺身盛り合わせ”を頼もうと言うことに・・・。
その刺身の新鮮さ・美味さにも驚いたが、お通しで出てきたトコブシに感動した。
器に山盛りで出てきたそいつはとにかく美味かった。ただ茹でただけらしいのだが、ホンマかいな〜。
焼き魚を注文すれば、立派な金目鯛が出てくるし。ご飯代わりの天茶漬けはご覧の通り!美味かったぞい!
それを見ていた相棒は、散々迷ったあげく、鯛茶漬けを注文。これも美味かったらしいぞい。
お店のおばちゃんもノリのいい人ばかりでした。料理を持ってくるたんびに『これも撮るの〜?』みたいな。^^;
皆さんも尾鷲に行ったときは是非寄ってみてください。味は保証します!
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